またかの話

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「その話、3回くらい聞いたなあ」と思う時がある。

話してる相手側もおそらくその事に気付いているが(気付いてない場合もあるが)、双方が暗黙の了解のように喋りと相槌を繰り返す。気心の知れた人になら「それ、3回くらい聞きましたよ~」なんて返すが、まあ稀な話だ。世の中何百回と繰り返されなければならない話もあるが、それも全体としては稀な事例だ。

録画技術の向上や動画サイトや広がりで違法適法問わず過去のテレビ番組の視聴が簡単になっている。リアルタイムで見ていなくても勝手にHDDレコーダーが録画していてくれるし、誰かがアップした何年も前のテレビ番組を観ることもできる。

どんなに面白いエピソードトークやネタも3回聞けば「またか」となる。

動画サイトに勝手にアップロードされた番組で、「またこの話か」なんて書かれると思うと地団太踏んじゃうんじゃないだろうか。

芸能人って大変だな。ならなくて良かった。

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(褒め言葉)

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(褒め言葉)って何なんだろうと思うことがある。

「最低(褒め言葉)」、「ひどい(褒め言葉)」といったかたちで使われるアレだ。

何故わざわざ「否定的な言葉」に対して、それを(褒め言葉)とするのだろうか。

観測範囲内でこの表現が使われるには、

 

1)褒められる側も「最低」なことをしている認識がある。

2)「最低」だけれども、誰かを傷つける訳ではない。

3)褒める側は、褒められる側の「最低」に振り切った姿勢を評価している。

4)理解のある第三者は「(褒め言葉)」という表現に納得する。

5)本当に何も知らない第三者は(褒め言葉)が無いと誤解する。

 

前提としてこの5点があると思う。

ある程度、送り手(褒められる側)と受け手(褒める側、褒める側の感想を読む人)の共犯関係のようなものがなければ、出てこない表現なのかもしれない。

褒められる側も「ほらほら最低だろ~」と発信し、褒める側も「最低wwwでもウケるwwww」と感じた時に「(褒め言葉)」が生まれるのではないか。

そんなことをボンヤリぼんやり考えていた。

というのも先日、久しぶりに「(褒め言葉)」を使ったのだけれど、何だかもぞもぞした妙な違和感があったのでこの表現について色々と考えていたのである。

違和感の正体は、「(褒め言葉)」の「俺わかってます」感とそこから生まれる「知ってる人にだけ向けたアピール」に対する嫌悪、そして「(褒め言葉)」よりも簡潔かつ的確に表現することが出来ない己の語彙力の低さに対しての苛立ちなのかもしれないということを結論としておく。

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蜘蛛の巣

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朝の通勤時、運転中に車のバックミラーをのぞくと、トランクから後部座席にかけてクモが巣を作っていた。

おそらく夜の間に作っていたのだろう。駐車場に停めてから、よく見るとなかなか立派な巣に成長していた。

それにしても車の中に罠の糸を張ったところで、獲物を捕まえることなどできるのだろうか。確かに車の中にはライバルも天敵もいない。巣を破壊するような風も雨もない。だけれども獲物となる虫もいない。

ピンチもなければチャンスもない場所で、構えだけは立派な巣を作って何を待っていたのだろうか。

クモの巣は新聞紙で絡め取った後、そのまま丸めてゴミ箱に捨てた。

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