死ぬ方・死なない方

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車の運転中に信号待ちなんかで止まっている時、いつも考えることが一つあって、それは今、後ろからやってくる車がそのままのスピードで突っ込んできたとして、死ぬ方なのか、それとも死なない方なのか、ということ。

ダンプやトレーラーは死ぬ方。軽自動車なら死なない方。普通車はどうだろうなあ。スピードと車高にもよるかな。

ダンプやトレーラーに対しては、せめて痛くないように即死でお願いますと、祈るような目でバックミラーに迫ってくる姿を見ている。

今のところ全て追突しないで止まってくれている。

車を運転する時は、誰も信用しないようにしている。もちろん自分を含めて。

素材

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安っぽい味ではあるけど結構これ好きなんだよなあと思いながら食べていると、その店の店長から「今度から素材にこだわったホンモノの味で勝負していきたいと思います!」と力強く言われた。

苦笑いで「がんばってください」と言って店を出たけれど、また今度行ってみようとは思う。

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職場にカップコーヒーの自販機がある。

先日、そこで売られている6種類くらいのコーヒーの写真をまじまじと見ていたのだが、浮かんでいる湯気が全て同じだった。濃淡の違いは若干あった(これは経年劣化によるかもしれないが)が、形は全て同じものだ。

考えてみれば当り前のことだ。商品ごとに湯気を変える必要なんて何ひとつない。

そうは頭の中で納得しているのだけれど、何だか引っ掛かかっていた。

これ、♨と同じなんじゃないか、と。

♨では、どんな名湯も湯気は∭だけで表わされる。

件のコーヒーたちも、たとえどんなに美味しかったとしても湯気は全て同じ形で表わされる。その湯気の形が複雑かどうかだけだ。

(環境依存文字なんて気にしない)

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